3つのキーワードで紐解くマーケティングの姿 – B2BMX2020より

今日のビジネスにおけるマーケティングの役割は、リードの発掘や潜在顧客の獲得にとどまらず、顧客を理解し、寄り添うことが求められています。KPIを追い求めるあまり、その施策が本来顧客の求めることと乖離している、つまり、顧客が置いてきぼりなっていないか、そういったことを自問自答する必要があるでしょう。

「B2BMX 2020」においても、真に顧客の課題を解決し、顧客の推進力となるようなマーケティングを求められていることが強調されていました。本ブログでは、Jay Acunzoによるキーノートセッション、『The New Plan A: How To Regain Clarity, Get Proactive & Do Exceptional Work Again』より、セッション内で紹介された

・Make a difference
・Superfan
・More human

という3つのキーワードに触れながら、マーケティングのあるべき姿について考えたいと思います。

Make a difference:マーケティングの目的

Acunzo氏は、マーケティングの目的は“Make a difference”、つまり、顧客に変化をもたらすことと明言しています。

例えば、ある企業が自社のマーケティング施策において、「リードを1,000件獲得する」など、数値や指標を目標とした時、それは指標として意味をなさなくなると説明しています。このような事例では、リード獲得に注力するあまり、「登録者には何らかのプレゼントを渡す」ことを強調し、顧客はそのブランドに興味がなくても登録フォームに記入する…結果、意味のない、不適格なリードができるだけ、とAcunzo氏は言います。事実、「グットハートの法則」でも、「数値自体や測定が目標となった場合、それは不適切な尺度となる」ことを示しており、数字を追い求めることが目的となると、本来の目的が見えなくなることの危険性が指摘されています。

そのため、数値は、顧客の変化に役立っているかの指標として利用すべきでしょう。上記の「リードを1,000件獲得する」という目標ではなく、「ポッドキャストなどのメディアを持つマーケターが抱える、3つの課題を解決するブログを作成する」といった目標設定が必要であり、獲得リードといった数値は「これらの目標に近づけているか」を検証するために用いるにとどめるべき…そうAcunzo氏は語ります。

これらの事例からわかる通り、マーケティングは顧客の変化をもたらすためにあるべきであり、「顧客の課題が前進したか」をKPIとするべきでしょう。そのためには、IKMC(I know my customer)の精神が必要であり、顧客を真に理解することが求められます。

Superfan:マーケティングを加速させる存在

続いて、Acunzo氏は下記の同心円を引き合いに出しながら、「円の外側、見知らぬ人の意識に焦点を合わせるのではなく、円の内側、“Superfan”にエネルギーを注ぐべき」とし、「“Superfan”は、円の外側の人に、無料で(!)、サービスの魅力を伝えてくれる」と説明します。


これは、「ファネル型」で顧客の意識・購買行動を説明するマーケティングモデルと共通しているでしょう。つまり、上記の“Superfan”は、下図の“Advocacy(支持者)”と同じと考えることができ、いずれも、周囲の人に自身が利用するサービスについて話し、広めてくれることが期待できます。

顧客の状況・ニーズを徹底的に理解し、顧客の成功を支援することが、結果として認知の獲得につながることになると考えられます。

それでは、“Superfan”をどのように獲得するべきでしょうか。
一つのヒントとして、「ファンダム(Fandom)マーケティング」があります。

「ファンダム」とは、「熱心な愛好者、ファンの集団が作る世界や文化」という意味があり、これらの熱狂的なファンの獲得を目標とするのがファンダムマーケティングになります。

国内では、川崎フロンターレが行なった施策が挙げられます。1997年に川崎フロンターレ(当時は富士通川崎フットボールクラブ)は元プロモーション部 部長、天野春香氏を採用し、天野氏を中心として様々な施策を行なったことが有名でしょう。そして、川崎フロンターレのプロモーション企画は、ホームタウンの川崎市に密着したものだったことに特徴があります。

川崎フロンターレの代表的な施策に、「川崎フロンターレ算数ドリル」があります。選手の全面的な協力のもと2009年から制作が始まり、現在も川崎市内の小学校に無償で提供されています。このドリルを使うことで、子どもたちとって川崎フロンターレは、スタジアムやテレビだけの存在ではなく、自分たちの生活に根ざした存在になるでしょう。計算が苦手でも算数に親しみを持つ子ども、選手やサッカーのことを話題にする子ども…子どもたちにとって、川崎フロンターレは身近な存在になり、彼らのことを考え、誰かに話したくなるかもしれません。

川崎フロンターレ オフィシャルサイト:川崎フロンターレ算数ドリル実践授業2020

プロスポーツ団体として、川崎フロンターレは「試合に勝つこと」、そして、「多くの注目を集めること」が求められています。一方、それは川崎フロンターレや在籍する選手だけの戦いではなく、地域に受け入れられることで初めて成り立つでしょう。上記のような様々な取り組みによって、川崎フロンターレは市民に受け入れられ、ファンを生み出し、より多くの認知・関心を獲得することが期待できます。

More human:マーケティングのあるべき姿

最後に、Acunzo氏のセッションより“More human”というキーワードを紹介します。

この言葉を和訳すると、ビジネスを「より人間らしく」行うことを意味しますが、これは、先の“Make a difference”というマーケティングの目的や、“Superfan”を生み出すにあたっての基本的な姿勢と言えるでしょう。何が“More human”と言えるのか、様々な解釈が可能ですが、Acunzo氏はビデオソフトウェア企業、Wistia社の事例を紹介しています。

Wistia社は2006年にChris SavageとBrendan Schwartzの2名が設立した企業で、マーケティングに用いるビデオソフトウェアを販売していました。彼らの事業は順調で、投資家からWistia社を買収したいという問い合わせを受けていたようです。多くのスタートアップ、ベンチャー企業がそうであるように、事業を成長させ、株式を公開・売却することは経営者にとっての一つの目的になるでしょう。

しかし、Wistia社は違いました。二人は「およそ1700万ドルの借金をしてWistia社を買い戻し」、「収益性が高く、自立したビジネスに再び集中した」と、Acunzo氏は説明します。また、Acunzo氏は、多くの企業が成長を追い求めるあまり、上図のファネルにある“Awareness(認知)”を獲得するための無謀な戦術を繰り広げることになる、と指摘します。

同じく、Wistia社の二人も、ブランドに対する「認知」ではなく、“Affinity(親和性)”に注力すべきと考えるようになりました。具体的には、これまで行なっていた、認知獲得のための1回限りのコンテンツを投下するのではなく、ブランドに対して親しみを持ってもらえるようなコンテンツのシリーズに投資をしています。

結果、Wistia社を買い戻してから、Wistia社がGoogleで検索される回数は月々10%増加し、年間の利益が600万ドルを超えています。ビジネスが無謀な成長を求めない、“More human”であること、認知でなく親和性を求めることこそ、本当の成長を達成できると考えることができます。

Wistia Inc. We’re Wistia

おわりに

Acunzo氏のセッションでは、明確に「こうすべき」であるといった、具体的な手法を伝えることはありませんでした。むしろ、小手先の技術ではなく、マーケティング、ひいてはビジネス全体のあり方について、「どのように向き合うべきか」のヒントを紹介してくれたと言えるでしょう。

そのため、彼のセッションを観た方は、自身の置かれた立場から様々な解釈することになるでしょう。しかし、ビジネスの成長を闇雲に追いかけることではなく、顧客を理解し、顧客の求めるものに向き合うこと、それにより、顧客の変化や成功に寄り添うことが必要である、というところは一致しているのではないでしょうか。

「B2BMX 2020」は最先端の魅力的なセッションが様々行われていました。他のセッションについては、別の記事でまたご紹介いたします。

岡村佳樹(Yoshiki Okamura)/2BC, inc.

B2BMX2019に見る、これからのコミュニケーションのあり方

2019年2月25日〜28日にかけて、米国BtoBマーケティングイベントの1つ「B2B Marketing Exchange 2019(B2BMX 2019)」に参加しました。本ブログでは、B2BMX2019にて取り上げられていたBtoBマーケティングにおけるコミュニケーションに関するキーワードを紹介するとともに、日本での実情と合わせて考えます。

1)デジタル世代の台頭とコミュニケーションのあり方

B2BMX2019には、マーケティングとデジタルトランスフォーメーション(DX)が不可分になっている今、新たなレンズでBtoBマーケティングを見通すということで「SEE B2B MARKETING THROUGH A NEW LENS」という副題がつけられています。Digital Chaosとも呼ばれる現代社会ですが、B2BMX2019でのキーワードは意外にもEmotion、Conversation、Relivance、Proximity、Funなど“人間的”なキーワードが並びました。これからのBtoBマーケティングにおけるコミュニケーションは、デジタル×人間という両者の融合(とその配分)で変化していくことが予見されるテーマです。

B2BMX2019のセッションは、「Content」、「Demand Gen」、「Digital Strategy」、「ABM」、「Sales Impact」、「Channel」、「General Session」というカテゴリに分類されています。特にコミュニケーション/コンテンツに強みを持つ企業が主催者側にいることから、コミュニケーション設計やコンテンツ企画・制作に携わる担当者が数多く参加していたようです。ちなみに2BCでは、BtoBマーケティング及びセールスにおけるコミュニケーションやコンテンツについて、「コミュニケーション設計(コンテンツ開発)」、「コンテンツ企画」、「コンテンツ制作」の3階層に分けて考えていますが、このうちコミュニケーション設計とコンテンツ企画に関する内容を中心に紹介していきます。(参考:Engagement Strategy

 

Break Free Of Boring B2B With Interactive Influencer Content(Lee Odden,TopRank Marketing」より

「BtoBは“Boring to Boring”ではない」という強烈なメッセージからはじまるTopRank Marketing社のセッションに象徴されるように、今回のイベントではBtoBマーケティングにおける“退屈な”コミュニケーションから変革する時が訪れていることを感じさせる内容が数多く見られました。

ほかにも「CustomerからB2B Consumerへ」、「FANDOM / Turning fans into customers and customers into fans」というように、顧客像/買い手像の再構築が始まっていることをうかがわせるキーワードにあふれていました。それは、顧客像/買い手像は無機的で形而上の存在ではなく、血肉を持った人間像としてとらえ直すことが、新しいBtoBマーケティング/セールスでのコミュニケーションのあり方と言えるのでしょう。

米国では近年、MILLENNIALS(ミレニアル世代:80年初〜90年代生まれのデジタルへの共感性が高い世代)が企業の購買決定や意思決定を担うようになり、BtoB企業での購買にも大きな影響を及ぼすことが社会的に話題となっています。その世代の特徴として挙げられるのが、オンライン/オフラインのコンテンツに分け隔てなく接する、広告にはうんざりしている(いかにも売りつけようとしてくる広告は見たくもない)、資料が欲しくてもフォーム入力はしたくない(別の方法を探す)というような例がいくつも挙げられました。一方で、「自身の発言を受け入れてほしい、何かの一部に所属していることを感じたい」という側面もあると指摘されています。そのため、彼らにとって望ましいコミュニケーションとは、関連性の高い情報の提供(Relevance)、対話的であること(MonologueからDialogueへ)、会話しながら話を進めること(Conversations Are Critical)とも指摘されています。

 
「Millennial Mindset: How To Market, Collaborate & Connect With Digital Natives(Brian Fanzo,iSocialFanz)」より 


「How To Effectively Engage Today’s B2B Consumer( Steve Casey,Forrester Research)」より

これは日本でも似たような状況があるのではないでしょうか。日本企業では未だに年功序列的・上意下達的な意思決定や承認プロセスがあることは否定できませんが、企業を構成する世代には“MILLENNIALS”が増えつつあります。彼らはすでに、SNS全盛時代の中にあり旧世代型のメディア広告には共感しにくくなっています。また、一時の芸能人ブログの“ステマ”騒動や、非医療関与者による大量生産ブログによる虚偽情報が氾濫した問題、“嫌儲”という言葉が生まれたことなども経験し、あからさまに何かを売りつけられるような行為には拒否反応を示す人も少なくないことでしょう。現在、高齢化社会の日本ではまだ“MILLENNIALS”的な購買を強く意識する機会が多くなかったとしても、意外にここ数年の世代交代でBtoB購買シーンも大きく変化するかもしれません。

日米ともに言えるのは、もはや売らんかな主義が見え透いたコミュニケーションは、早晩、意思決定層にたやすく喝破され遠ざけられてしまうということです。売り手と買い手という関係性の中でも、信用し合える間柄になっていれば、商品を提案されても「売りつけられている」とは感じずに、自分に必要なものを勧められていると感じるようになるというのです。まさに、「Turning fans into customers and customers into fans」です。では、そのようなコミュニケーションを図るにはどうすればよいのでしょうか?その答えとしては、「Personalize」が重要なキーワードとなるといいます。

「Millennial Mindset: How To Market, Collaborate & Connect With Digital Natives(Brian Fanzo,iSocialFanz)」より

2)B2BMX 2019の重要テーマ「Personalize」

「Personalize, personalize, personalize!」…これはB2BMX2019をレポートしたあるブログでの表現です。実際、数多くのセッションでParsonalizeが重要なテーマとして取り上げられていました。日本のマーケティングシーンでも、ここ数年間「パーソナライズ」はよく耳にする言葉かもしれません。しかし今、ことさらこの語を強調するのは、AmazonをはじめSpotify、Netflix やHuluがすばらしい体験を提供していることが指摘されています。これらのサービスは、自分に合わせた内容をいつでも、どこでも、デバイスを問わずに提供してくれる――。こうした顧客に寄り添ったサービスの普及は、週末の最大の娯楽であったBlockbuster(2000年代に盛況だった大規模レンタルビデオチェーン)を追い込むだけの大きなインパクトがあったと多くのセッションで語られました。

私たちは、デジタルの変革によって生まれた新しい体験をすでに好ましく受け止め、それはもはや生活の一部にすらなっています。このBtoCの分野で起きたデジタルの変革による体験を、BtoBの分野でも求め始めているのです。

ではBtoBの分野ではどのように、デジタル変革の力を活用してPersonalizeに取り組んでいくのか。それには各セッションにて異なる見解が示されていましたが、代表的な例としてThe Mx Group社のKellie de Leon氏のワークショップを紹介します。

Kellie de Leon氏ワークショップ風景 (引用元:https://twitter.com/Morgan_Kacie/status/1100082396022501377)

このワークショップのタイトルは「Making Buyer-Centric Marketing a Reality」で、買い手視点でマーケティングを考えることがテーマとして掲げられています。その概要は、Buyer-Centricとは何か、 Buyer Personaの設計、Best,Better,Good 3つのPersona(参考ブログ)、Buyer-CentricなWebサイトの作成方法、これらの内容を踏まえた上でPersonalizeする方法についての講義とワークでした。

Buyer Personaの設計については下記の「5-MINUTE BUYERS PERSONA」や「BUY CYCLE INSIGHTS」といったシートを通じてワークを行いました。簡易的にPersonaを設計し、Personaには①Best: Full scaleのPersona、②Better:TabletopのPersona、③Good:Experience & digital analyticsの三段階に分けられるとの解説がありました(詳細はMX Groupブログ参照)。実際には、Persona作成は複数の関与者への詳細インタビュー、購買プロセス、カスタマージャーニーの策定なども必要になるので、短時間でできるものではありませんし、Personaも単一ではありませんが、Personaの内面や購買プロセスやカスタマージャーニーにおける位置づけなどを明確にする過程を経て、Personalizeを目指すという考え方です。またPersonalizationには、CMS、e-Commerceの準備、Personalization SaaS、Marketing Automationなどと連携し、適したチャネルの準備、情報の配信、Webサイトに訪れるPersonaの精査やダイナミックコンテンツ配信など、デジタルの力を借りて行うことも数多いと言います。

本ワークショップでは全体の流れを確認するにとどまりましたが、その一手法としてBuyer-centric Websiteを考えるワークや、Buyer-centric Websiteにおける効果的なコンテンツ手法としてInteractiveコンテンツについても紹介がありました。こうしたコンテンツ手法についてはまた別途紹介する機会を持ちたいと思います。

  
▲セッション「Making Buyer-Centric Marketing a Reality」でのワークシート

森高 敦(Atsushi Moritaka) / 2BC, inc.