ABM実践の準備を通して、マーケティングを次のレベルへ
 ~ABM準備フェーズにおける基礎的要素とアセスメントフレームワーク~

シンガポールで開催されたSiriusDecisionsが主催するBtoBマーケティングのAPACリージョナルイベント「SiriusDecisions 2017 Summit APAC」へ参加してきました。本記事では、ABM(Account Based Marketing)についてのセッションを、私の感想・考えと共にご紹介します。

「SiriusDecisions 2017 Summit APAC」イベント概要レポートはこちら

 

今なおバズっており、多くの企業が実践フェーズに移行しつつあるABM

BtoBマーケティングのトレンドワードとしてにわかに広まり、いまや知らない/興味のないマーケターはいないといっても過言ではないABM。ABMの定義付け、鉄則、事例はまだまだ十分とは言えませんが、世界中の経営者やCMOの注目と期待を集めています。

日本においても、ABMの専門書籍が出版され、世界的なマーケティングアワードであるMarkieAwardのABM部門でNEC社がファイナリストとなり、ABMの実践を支援するテクノロジー/ソリューションベンダーが急増するなど、単なるトレンドワードではなく、実践出来る土壌が整ってきています。

当社のクライアントワークにおいても、実証実験フェーズと位置付けたABMの取り組みが急増しています。

ABMは“日本向き”?

マーケティング後進国と言われる日本においてですが、ABMの概念は、比較的早期に、好意的に受け入れられている印象を受けています。

その理由は以下の2つであると私は推察しています。

  • マーケティングリソースの慢性的な不足

多くの企業が、「マーケティング部門のリソース(人手や予算)は十分ですか?」と問えば、“いいえ”と答えるでしょう。考えうる全てのターゲットセグメントに対しての多くのチャネルを活用したマーケティングコミュニケーションの実践は、多くの企業の逼迫したマーケティングリソース状況においては非現実的です。

本セッションにおいても、以下のように述べられていました。
“日本を含めたAPACのマーケティング環境は、成長率/成長期待率は高いものの、マーケティングリソースは不十分であるケースが多く、リソース配賦の優先順位付け、選択集中が重要であり、とりわけABMがそのソリューションとなり得やすい”

  • 営業と顧客の強固なリレーションを重視する営業組織

古来から、日本企業は、営業担当と顧客のOneToOneの関係性を重視するスタイルをとっています。顧客を知り、顧客に尽くし、顧客にとって特別な存在であり続ける営業(組織)を理想とする傾向にあり、顧客を軸としたセールス&マーケティングを実践するABMの概念はすんなりと受け入れられる可能性が高いでしょう。むしろ、「ABMなんてどこが新しいの?」と感じる経営者や営業部門責任者の方も多いのではないでしょうか。

SiriusDecisionsのABM専任Research DirectorであるNicky Briggs氏も、“日本は営業と顧客との関係が強いため、ABMに向いている国と言えるでしょう”と述べており、日本の一つの特徴と言えるのではないでしょうか。

ABMは特定顧客(群)とOneToOneのマーケティング&セールスコミュニケーションを行うことを前提とした概念ですので、この特徴は、ABMを実践する上での関係部門の理解、連携をスムーズに進められる土壌となるでしょう。

ABMを成功に導く準備方法

本セッションでは、「ABMはしばしば、組織として十分な準備が整えられていない状態で実践されている」と指摘し、“ABMは、戦術的なものではなく、一回限りのイニシアチブでもありません。これは、より組織的な連携をもたらす規律です”と表現しています。

“If your cake is burnt, you can put all of the cherries you like, but it’s not going to make it taste good.”
“ケーキが焦げていれば(基礎要素が揃っていなければ)、その上にあなたが好きなサクランボをどんなに乗せたとしても(ABM施策をどう実施しても)、そのケーキは美味しくならない(成果は生み出せない)”

 

その解決策として、ABM実践準備における基礎的要素とそのアセスメントのためのフレームワークが公開されました。

ABM成功のための組織の準備プロセス、潜在的な盲点を可視化するためのアセスメントのフレームワークです。

私の理解による意訳・解説は以下の通りです。

  • Organizational Fit
    • 組織全体、また営業部門の戦略に、マーケティング部門の戦略が適切に接続出来ているか?
    • その地域の文化・顧客・顧客と営業の関係に応じて、戦略が最適化されているか?
    • ABMに対する営業部門とマーケティング部門それぞれのリーダーのコミットとサポートを得られているか?
  • Marketing Readiness
    • リードマネジメントやマーケティング施策の実行/管理プロセスは構築出来ているか?
    • 対象アカウント(群)の顧客購買プロセスとペルソナが描かれた上で、それに基づいたコンテンツが用意されているか?
    • 創出される商談と売上の測定プロセスは構築出来ているか?
  • Sales Readiness
    • 営業とマーケティングのマネジメントレベルでの連携、業務オペレーションの連携、そして信頼構築がなされているか?
    • 営業プロセスとアカウントプランが透明性高く共有出来ているか?(営業計画に基づく適切なABM対象選定が行われているか?)
    • 営業の現況/能力(ABM対象企業との関係性や取引状況、営業力、顧客/業界の知識)が共有出来ているか?
  • Technology and Insight Readiness
    • 必要なデータのカバレッジ状況、更新頻度、扱いやすさに問題はないか?
    • 顧客とのエンゲージメントを高めるためのデータやドキュメントを集約し管理出来るか?
    • SFAやMAなど、必要なテクノロジーの準備と連携状況に問題はないか?
    • Personalization、Predictiveなどに代表されるABMに活用し得るテクノロジーの採用の検討が成されているか?
  • Resourcing Adequacy
    • 必要な予算が取得出来ているか?
    • プログラム/プロジェクトのリーダーとスタッフに適任者をアサイン出来るか?

 

ABMの準備と実践がもたらすマーケティングレベルの向上

ABMは、実践を前提に進めるのではなく、売上や活動分析に基づいた適用の検討と採用モデルの選択が肝になります。

モデルの例としては以下などがあり、適切なモデルを採用し、成功可能性を高めることが重要です。

  • Large Accountモデル

売上/利益相関性の高い特定顧客の存在や活動分析の結果としてカバレッジ率の低迷等が確からしいものとなった際に採用

  • Named Accountモデル、Industry/Segmentモデル

対象マーケットは広いが、売上分析の結果から、購買期待値が特定業種などの企業属性、特定課題に偏っており、契約/未契約に関わらずターゲット顧客の特定が可能である場合に採用

 

 意訳紹介した前述の準備&アセスメントフレームワークについて、当然ながら、全ての要素に“準備万端”と答えられる状態にすることは不可能に近いですし、その必要も全くありません。各企業色のABMの成功のために重視する要素は異なって然るべきです。重要・必要な要素に対し十分な準備が出来ていなくとも、実践を通じて完成度を高めていくという方策を取る判断もあるでしょう。

ABMの概念やフレームワークに基づいて、マーケティング部門が、経営や営業部門、そして顧客をより深く理解し、マーケティング活動の創出価値を高めようとする行動自体に大きな価値があると私は考えます。

自社にとって最も収益を期待出来る/最も大きな価値を提供出来る顧客(ABM対象顧客)、またその主要なステークホルダーである営業部門と、深く真剣に向き合う機会はこれまで多くはなかったというマーケティング部門が多いのが現状ではないでしょうか。

マーケティング部門/マーケターが、他の誰よりも顧客を知ろうとする・知る存在として、顧客や営業部門と向き合う重要な機会を、ABMのアプローチは創出します。

マーケティング部門の慢性的課題としてよく聞かれる、「マーケティング部門の取り組みが経営や営業に評価されない」「マーケティング施策が売上につながらない、つながっているかわからない」などの解決のきっかけとなる可能性が大いにあるのではないでしょうか。

 皆さまのマーケティング活動が、顧客にとって価値あるものであると評価され、企業経営にとって欠かせないものとなり、営業の売上に直接的に貢献する組織となるために、ABMが良い機会・題材となることは間違いないと考えます。

岩田 恭行(Yasuyuki Iwata) / 2BC Inc.

     

     

    SiriusDecisions 2017 Summit APAC レポート
    ~BtoBマーケティング最先端イベントinシンガポール~

    2017年11月16日、BtoBマーケティングイベント「SiriusDecisions 2017 Summit APAC」に参加しました。開催地は多国籍企業が「アジアのハブ」として注目しているシンガポール。多民族国家であることに加え、各国の駐在員が街を行き交う人種のるつぼです。

    主催者であるSiriusDecisionsは、リサーチ&アドバイザリーファーム「ガートナー」から独立したアメリカの企業で、BtoB企業のマーケティング、営業部門・マーケティング部門の組織づくりを支援しています。

    B2Bマーケティングの最大級イベントである「SiriusDecisions Summit」はこれまでも米国や英国にて開催されていますが、アジア・アセアニア地域(APAC)での開催は今回が初めて。ホテルとイベント会場が一体化した施設に、APACに拠点を置く多国籍企業の参加者250人以上が集まりました。今回のスピーカーでもあったSiriusDecisionのGil Canare氏に尋ねたところ、参加者の多くがテクノロジー系(ICT)の企業とのことでした。日系企業の参加者の姿は見受けられませんでした。

    なぜ今コーポレートとリージョンの連携強化に重点が置かれるのか?

    残念ながら、コーポレートとリージョンの関係は部門内と部門間の両方において緊張関係にあると多くの多国籍企業が口にします。今まで、彼らのリージョナル戦略は、コミュニケーションやプロセスにおいてコーポレートが立てた戦略の直輸入版を使用せざるを得ませんでした。これが内的連携不足(リソースの非効率的な使用、無駄な時間や落胆)かつ外的連携不足(連携のとれていないメッセージや市場投入までの時間、そして更なる落胆)に陥らせるのです。

    そこでSiriusDecisionsは、グローバルビジネス環境のますますの変化に伴い複雑化する多国籍企業の組織間連携・融合をいかに促進させるかをイベントの主要メッセージとして掲げ、6つのキーノートを紹介しました。

    また、「営業・マーケティング・製品」の3部門間の連携を促進させるため、各部門へのアクション・アイテムが提供されました。今回の速報では、主にその概要を大きく2種類に分け、何が学べるものだったのかについてご紹介します。

    今回の主題メッセージ

    「高度に可視化され接続し合ったグローバルビジネス環境の中で活動する新世代の組織と労働者が進化するにつれ、コーポレートとリージョンの関わり方を見直す必要がある」

    「コーポレートとリージョンは、互いの相違点にとらわれるのではなく、共通の強みを発揮して”共通の課題”(=成長)に取り組むために協力し合うことが求められる」

    I. リージョナル・マーケティング

     

    1. Reimagining Corporate and Regional Interplay

    Keyword「営業、マーケティング、製品の連携」

    コーポレートとリージョンがうまく連携することにより、売上向上を19%加速化、生産性を15%高められるという調査結果が冒頭で共有され、さらにSiriusDecisionsの代表Tony Jaros氏は、コーポレートとリージョンの関係を親子の関係に例え、「営業、マーケティング、製品の共通の目的は成長すること。だからこそ三者間の連携(Alignment)が重要」と強調しました。

     

    “Growth is the shared goal between sales, marketing and product. Therefore, alignment is the key.”
    — SiriusDecisions 代表Tony Jaros氏

    2. The B-to-B Buyer’s Journey: The Asia-Pacific View

    Keyword「B2B購買プロセスの5つの神話」

    こちらのセッションでは、B2B購買プロセスによく見受けられる5つの「Mythology (=迷信)」ゆえ生じている誤解を、実際の調査を元に解いていきます。

    迷信① 購買プロセスは一つである

    迷信② B2B購買プロセスは直線的である

    迷信③ 人間はデジタルで置き換えることができる

    迷信④ B2B顧客は購買プロセスの初期段階では営業と関わらない

    迷信⑤ グローバル顧客とリージョナル顧客に違いはない

    例えば迷信⑤では、購買プロセスの「教育(Education)」⇒「ソリューション(Solution)」⇒「選択(Selection)」の各段階で、どのようなコンテンツタイプがグローバルとリージョナル顧客それぞれに好まれるかの理解が、地域毎のマーケティング活動を最適化するために重要であることが取り上げられました。

    3. Optimising the Regional Program Design and Marketing Mix

    Keyword「リージョナル・マーケティングという挑戦」

    統合型マーケティング・コミュニケーションなどといったグローバル企業としての要件と、文化的・言語的関連性を向上させるというリージョナル要件のバランスをとるにあたって地域マーケターが抱えがちな5つの挑戦に対し、新たにローカライゼーション・フレームワークが発表されました。

    課題① 一貫性と関連性のバランス

    課題② 限られたリソースの分配

    課題③ 各地域文化への配慮

    課題④ 各国レベルでの複雑さ

    課題⑤ グローバルとリージョナル間のタイムリーな連携調整

    Microsoft APACでCMOを務めるJolaine Boyd氏も、コーポレート・コンテンツからターゲット地域とのギャップをつきとめ、地域用、さらには各国用に最適化していくことが必要であると述べていました。

    II. マーケティング・フレームワーク

     

    1. Field Marketing and Sales: The Relationship Evolves

    Keyword「マーケティングと営業成熟した関係」

    ここで言われている「フィールド・マーケティング」は、各国支社やリージョンのマーケティング担当のことを指しており、顧客と営業の進化する要求に応じるためにも、フィールド・マーケティングを成熟させる必要がある点が強調されました。では、どのように成熟させることができるのでしょうか。この問いかけに対し、SiriusDecisionsのMark Levinson氏は「フィールド・マーケティング成熟モデル(Field Marketing Maturity Model)」を展開します。

    このモデルによって、B2B企業のCxOはフィールド・マーケティングを評価し、どのエリアに投資を継続し、最適化していくかの決断をとれるようになります。

    フィールド・マーケティング成熟モデルの6つの構成要素

    1. 定義と目標:役割と、成功への連携方法を具体化する
    2. 連結または連携:マーケティングと営業の戦略的配置。いかに直接的かつ間接的に営業を巻き込んでいくのか
    3. プロセス、手順:それぞれの部門が機能するための、継続的かつ管理されたプロセスとは
    4. スキル、知識、トレーニング:フィールド・マーケティングに必要なスキルは何か。もし今日スキル不足が嘆かれるのであれば、いかにそれを得ることができるのか
    5. 技術、ツール:最重要要素ではないが、決定的要素。いかに効率と効果を促進させるか
    6. 測定、報告:営業とマーケティング双方の観点で、どのように何をするのが共通目標に対する最善の結果が得られるのか

     

    2. The Demand Unit Waterfall®: Which Approach Is Right for You?

    Keyword「Demand Unit Waterfall」

    2017年5月に発表された、Demand Waterfall®の派生形であるDemand Unit Waterfall®が、今回初めてAPAC地域に持ち込まれ「いつ、どのようにDemand Unit Waterfall®を導入するべきか」の決断に役立つフレームワークが紹介されました。また、Demand Unit Waterfall®をフルに採用していない企業に対しても、どのように各要素を役立てることができるかを説明していました。

     

    3. Preparing Your Organisation for Account-Based Marketing

    Keyword「ABM実施に求められる基礎的要素」

    APACは成長率が高いリージョンではありますが、マーケティング・リソースは不十分であるケースが多く、リソース配分の優先順位付け・選択集中が重要であり、とりわけABMがソリューションとなり得やすいようです。ただ、ABMがマーケティングのすべての課題に対する解決策として期待されすぎているのが実態で、このセッションでは、その万能薬的イメージを払拭し、ABM戦略を策定するための準備レベルの評価方法の例を紹介しました。

    また、最適なスタート方法、ABMへの賛同を得るために必要な成功例の作り方、スコープの確立法、組織の準備状況(readiness)の評価方法、能力ギャップの特定と主要ステークホルダーとの連携方法などのABMの成功要素が、APACの特色を踏まえながら紹介されました。

    ABMのセッションを担当したNickey Briggs氏と対話した際、日本について次のようにコメントしていました。

     

    “日本は営業と顧客との関係が強いので、ABMに向いている国と言えるでしょう”

    — SiriusDecisions Nickey Briggs氏以上がイベント速報ですが、一部のセッションについて、より詳細なレポートを後日展開いたします。グローバル・コーポレートが日本を含むAPACとの連携を強化させ、今後このリージョンが今まで以上の盛り上がりを見せることを願ってやみません。2BCも今回のイベントで得たものを大いに活かして参ります。

    モナール 園子 (Sonoko MONARD) / 2BC Inc.